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題目「日航123便乗客乗員524人の命乞いを無視して、総理、自衛隊は横田基地への緊急着陸を禁止し、許さなかった!!」

 

-日航123便は垂直尾翼、油圧を失っても、長い時間、操縦出来た。飛行出来た。

 

  即ち、横田基地に緊急着陸出来たのである。それは 乗客乗員524人全員を助ける唯一の手段であり、方

  策であった。然し123便は全員の命が助かる唯一の方策::緊急着陸を自ら放棄するだろうか。

  それは絶対にあり得ないことである。そこに 緊急着陸をさせたくない人間がいて禁止したからだ。権力者

  は自己保身のために、権力維持のために、責任回避のために 着陸を妨害したのだ。それは自衛隊最高指揮

  権限者である内閣総理大臣と防衛大臣、自衛隊最高幹部であり、その残虐、残酷性は 古代ローマの暴虐

  王::ネロ皇帝に匹敵する。近代民主主義国家:日本に於ける残虐王:中曽根康弘は 歴史に悪名を残すこと

  になった。合掌-

 

  日航123便は誠に不運な旅客機であった。何故、横田基地に緊急着陸をさせて貰えなかったか。その端緒は相

  模湾上空での垂直尾翼部への自衛隊標的機の衝突であった。

 

自衛隊百里基地の司令官は、この不祥事の報告を受けて、直ぐに偵察機を発進させて 確認させている。この司令官は偶然の事故として受け止めて、友人の同志に「えらいことをした。民間機に標的機を当ててしまった。今戦闘偵察機2基を発進させた」と重大な失態を電話で軽い気持ちで知らせている。然しこの不祥事を知らされた時の幕僚長、防衛大臣、総理大臣は驚愕し、声を失った。衝突が事故であっても、既に14年前に起きた全日空機雫石戦闘機衝突事件の実績もあり、旅客機が墜落すれば、自衛隊の最悪の不祥事として、総理、大臣、幕僚長の責任は甚大で責任を取らねばならない。 緊急の総理幹部の鳩首会議での結論は完全隠蔽であったこの決定で 乗客、乗員524人の命運が決まったのであった。

   それは 全員抹殺でしか、不祥事の完全隠蔽は不可能であるからだ。 

 

日航123便を追尾する2機の戦闘機の姿と戦闘機の目撃事態

  緊急発進させた戦闘偵察機の見た旅客機の飛行状況は、驚愕の事態であった。焼津市で日航123便に追い付いた戦闘機が見

  たのは、垂直尾翼を失いながら、飛行する123便は操縦出来、飛行していたことであった。その上、更に驚いたのは、機体

   の腹部に赤い模様が見え、それは自衛隊の標的機の吹き流しが機体の腹部に貼り付いていたことであった。

 

  日航123便は操縦出来、飛行出来、そして横田基地に向かっていた。

 且つ高濱機長は横田に着陸申請し、横田は許可していた。このまま、123便を横田に着陸させると、自衛隊標的機の日航機へ

  の衝突の不祥事が白日の下に晒され、自衛隊、自衛隊最高指揮権限者である中曽根総理の責任が問われて、辞任辞職となり、

  永久に政界での役割、活動は行えなくなる。政治家にとって致命的な不祥事なのである。

 このまま、日航123便が横田基地に着陸すれば、全員が助かることは間違いなかったが、自己保身、責任回避のために総理、

  自衛隊幹部は緊急着陸を妨害し禁止したのであった。

 助かる唯一の機会にも拘らず、その機会を奪うという非人道的、非倫理的、残虐な行為を自衛隊に命じたのであった。

 

高濱機長の横田基地への緊急着陸を決意

 

日航123便は垂直尾翼、油圧装置の破壊後、5分程度で、ほぼエンジン出力の調整で操縦が出来る見込みを得て、高濱機長らは、更に手動操縦の練習をしながら、乗客乗員の命を助けるために、最寄りの飛行場への緊急着陸を考えていたのである。

 

 その飛行場こそ、米軍基地::横田基地であった。

 

 最初、高濱機長は直ぐに羽田に帰ると告げているが、これは反射的に機長は、出発飛行場に帰ると言うものである。然し、機体の異常事態(油圧操縦自動不可)を発見して、機体の安定性と操縦性のバランスを取るには困難であると判断して、密集地の東京を避けて、周囲に人家が少ない、救助の態勢が整っている横田基地に決めたのではと推論する。

 

 飛行経路から見ても、羽田への東進でなく、焼津、藤枝市から、横田へ北上しており、これを裏付けるものである。高濱機長は機体の安定と操縦性の確保を行いながら、乗客、乗員の命を助けることを最優先にして機長としての責務、使命だと考える人間であった。 

 彼の飛行準備がとても用意周到で、決して掛かる事態で拙速な行動を行うのでなく、確実な計画と準備で慎重に対応した。

 

 富士山を過ぎた頃から、高濱機長は横田基地との交信を行い、緊急着陸を申請して、横田の許可を得ている。横田基地は米軍軍事基地であって、民間機の着陸は認められない規則であった。然し、緊急着陸は例外であり、人命最優先の立場では、米軍も又、同じであり、米国人の人命最優先の慣習、考え、正義は徹底している。

 

 この会話をアントヌッチ中尉は無線傍受を行っており、後に「緘口令」の命令が退役で切れた時点で、米軍の機関紙「星粂旗」に投稿して、驚愕の告白を行って世界を驚かした。

 

 アントヌッチ中尉は、高濱機長が日本語での会話に切り替えたことを緊急事態だと感じて、日航123便の危険な飛行状況に注視していたのである。このような感覚、危険の察知を当時の日本の関係者、対策本部の人らが抱いて発言し行動した人はいないである。 乗客乗員524人の命の危険が迫っていたのに。